新星日本交響楽団ヨーロッパ公演

新星日本交響楽団ヨーロッパ公演

新星日本交響楽団ヨーロッパ公演

 新星日本交響楽団は、1990年と1995年に2度のヨーロッパ公演を実施している。渡欧には「使命」があった。 現在において、日本のオーケストラが「使命」を帯びて演奏旅行にいくなどと言うと大仰山なことだが、当時は決意が必要だった。 それは日本オーケストラの演奏力を示すこと、日本の現代作曲家の曲を披露することであった。 特に95年の公演では、武満作品に加えツアーのために沼尻竜典の師である三善晃に新作を委嘱、 この「オーケストラのための『夏の散乱』」を戦後50周年の節目に世界平和に寄せた音楽メッセージとして各地に届けた。 また同様に和太鼓とオーケストラ・バージョンとして初めてヨーロッパの聴衆に披露した松下功作曲の和太鼓協奏曲「飛天遊」 (オーケストラ版として1994年新星日響がサントリーホールで初演)は、各地で熱狂的に迎えられた。 この林英哲をソリストとした「飛天遊」は、その後ベルリン・フィルやモントリオール交響楽団、ナントでのラ・フォル・ジュルネなど世界中の数多くの舞台で取り上げられることとなる。

第1次ヨーロッパ公演 詳細はこちら>>

1990年5月20日~6月9日

【公演概要】
●指揮者陣:山田一雄/オンドレイ・レナルト/現田茂夫
●ソリスト:安倍圭子(マリンバ)/石川静(ヴァイオリン)/仲道郁代(ピアノ)/イフィゲニア・サンチェス(ソプラノ)
●公演開催都市:ヒホン/オビエド/アビレス/ラ・コルニャ/マドリード/グラナダ/パルマ・デ・マジョルカ/サラゴサ/ブルゴス/ビルバオ(以上スペイン)
ヴェルス(オーストリア)
東ベルリン/ドレスデン/ライプツィッヒ(以上東ドイツ)
●演奏曲:スメタナ/歌劇「売られた花嫁」序曲、ワーグナー/「ローエングリーン」第三幕への前奏曲、伊福部昭/マリンバとオーケストラのためのラウダ・ラウダ・コンチェルタータ、 フォンタナ/Pieza para orquesta、武満徹/弦楽のためのレクイエム、外山雄三/ヴァイオリン協奏曲、メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲、ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲、 ショパン/ピアノ協奏曲第2番、マーラー/交響曲第1番、チャイコフスキー/交響曲第4番、第5番、ベルリオーズ/幻想交響曲、ファリャ/「恋は魔術師」より

第2次ヨーロッパ公演 詳細はこちら>>

1995年5月16日~5月30日

【公演概要】
●指揮者陣:オンドレイ・レナル/沼尻竜典
●ソリスト:戸田弥生(ヴァイオリン)/横山幸雄(ピアノ)/林英哲(和太鼓)
●公演開催都市:プラハ(チェコ)、ブラチスラヴァ(スロヴァキア)、ブライトン(イギリス)、バルセロナ(スペイン)、ライプツィッヒ/ベルリン(ドイツ)、ルクセンブルク
●演奏曲:モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲、ラヴェル/スペイン狂詩曲、「ダフニスとクロエ」第2組曲,武満徹/「星・島」(スター・アイル 1992)、三善晃/オーケストラのための「夏の散乱」 (’95年ヨーロッパ公演委嘱作品)、松下功/和太鼓協奏曲「飛天遊」、バーバー/ヴァイオリン協奏曲、プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番、ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編)、 マーラー/交響曲第5番、和田薫/「オーケストラのための民族組曲」より“囃子”

ヨーロッパ公演の思いで

1990.6.8 Gewandhausにて作業中

 物品の一時輸入について、通関を簡便にすませるため主要国間で結ばれているのがカルネ制度なのですが、そのために大変な緊張感を強いられました。
 新星日響は楽器や衣装を海外に輸送するためのケースを所持しておらず、全て読売日本交響楽団や日本フィルハーモニー交響楽団から借用しましたが、 それらを保管する場所がなかったので、カーゴ便へ向かうトラックに積み込むギリギリのタイミングで用意するしかありませんでした。 しかしカルネ制度では事前にどのケースにどんな物がどれだけが入っているかを書類(カルネ)に記載し申請しなければなりません。 そこで搬出日の1か月以上前に読響・日本フィルの各倉庫を訪れ、色々な楽器ケースの中から借用する物を選別しながら内寸を計測し数字を持ち帰り、 後日それぞれに収納内容を決めた上カルネを提出しました。先に書類を提出した後で、実際に現物を梱包するのです。言うのは易くですが、そう簡単ではありません。 現在のようにパソコンが普及していればシミュレーションでなんとかなりそうですが、当時はそのようなものは無く、自分の頭の中で立方体を想像し、 それぞれの楽器や備品を組み入れていくしかありませんでした。しかも輸送費がかかるので、出来るだけケースの個数を最小限に効率よく・・・。
カルネ制度では通関時に抜き打ちでケースがいくつか開けられますが、万が一事前申告しているカルネに記載されている内容と違っていれば相当大事になります。 ですから成田に送り出す時に、果たしてすでに申告した通りに楽器ケースに収納出来るかが、私にとってヨーロッパ公演の最初で最大の難関でした。
 まだ海外公演へ出発さえしていないのに大きなヤマ、そこは「ステージ・マネージャーの腕の見せ所」と自分を納得させつつ、内心では相当ホッとしたものですが、 どんな大変なことでも涼しげな顔で仕事をこなすことが当時の私の美意識だったので(笑)、周囲の人たちは私の不安を微塵にも感じなかったと思います。
 この2度のヨーロッパ公演は私の人生にとっても有意義な出来事でした。下見が叶わなかった第1次ヨーロッパ公演では、 舞台に傾斜があり急遽それぞれの演奏椅子の足の片側に添え木をすることで補正したとか、ピアノを載せると床が抜けそうなので通常位置を回避したとかは、 それこそアドリブの連続でしたし、安倍圭子さんのマリンバ、幻想のCとGの大きな鐘、「展覧会の絵」のEsの鐘、極めつけは林英哲さんの350Kgの大太鼓等、 2度のツアーとも大型楽器を持ち回りながら各会場で無事に公演を開催できたのは、私のステージ・マネージャー冥利につきますし、そこで得られた貴重な経験は、 その後業界で生きていくための大きな糧となりました。本番中、カゲ棒の現田茂夫さん(降り番であったのだが、 幻想のバンダのために舞台袖での指揮を買って出てくれた)が新婚当時の佐藤しのぶさんのことを思い涙ぐんでいた姿(留学から引き続きのツアーでずっと離れ離れであったため)が グラナダの夕焼けと相まって美しい光景を醸し出していたことや、世界遺産に登録されているアールヌーボー様式のカタルーニャ音楽堂の絢爛豪華さ、 スノーマンのアニメの中で描かれていたロイヤル・パビリオンやパレス・ピアに代表されるブライトンの風景など、 一生心に残るような出来事や光景をこのヨーロッパ公演で存分に味わうことができました。新星日響にとってヨーロッパ公演は相当な負担であったと思いますが、 私だけではなく参加した演奏者・スタッフ全員に、それぞれの形で大きな何かを与えたに違いありません。改めて新星日響へ感謝!

佐々木 真二(ステージ・マネージャー/当時)